調査捕鯨船への不当な暴力について
日本の調査捕鯨船がまたやられた!
シーシェパードなる狼藉者の団体に妨害され、怪我人も出た様である。
しかも怪我人は、要請を受けて乗船していた海上保安官である。
この手のニュースでいつも気になるのは、何故日本政府は相手が欧米
諸国だと弱腰なのか?という事である。
「調査捕鯨」は国際条約に則った正当な行為
である。
これを不当な暴力で妨害されたなら、外交問題にしても何ら不思議な
事ではなかろう。きちんと外交ルートで抗議をし、世界に向けて声明を
出すべきであると考える。一応それらしき事はしている様ではあるが、
怪我人が出ているにしては生ぬるい対応に感じる。
「納得いく対応が無いなら、捕鯨を再開する!」位の事を言っても良い
のではなかろうか。
捕鯨は縄文時代から続く日本の文化のひとつである。
自国の文化を守れぬ国が、自国民を守る事が出来るのであろうか?
ノルウェーは、1993年に捕鯨再開を宣言した。何故日本は出来ない
のか。(政治家にとって「うまみ」が無いからか?)
思えば、「おでん種」から「コロ(鯨の皮)」や「さえずり(鯨の舌)」が
消えて久しい。一部の高級店では出すらしいが、我々庶民の口には
最早入ることはない。
外圧に負けて、自国の食文化が犠牲になっている。悲しい事である。
シーシェパードなる狼藉者の団体に妨害され、怪我人も出た様である。
しかも怪我人は、要請を受けて乗船していた海上保安官である。
この手のニュースでいつも気になるのは、何故日本政府は相手が欧米
諸国だと弱腰なのか?という事である。
「調査捕鯨」は国際条約に則った正当な行為
である。
これを不当な暴力で妨害されたなら、外交問題にしても何ら不思議な
事ではなかろう。きちんと外交ルートで抗議をし、世界に向けて声明を
出すべきであると考える。一応それらしき事はしている様ではあるが、
怪我人が出ているにしては生ぬるい対応に感じる。
「納得いく対応が無いなら、捕鯨を再開する!」位の事を言っても良い
のではなかろうか。
捕鯨は縄文時代から続く日本の文化のひとつである。
自国の文化を守れぬ国が、自国民を守る事が出来るのであろうか?
ノルウェーは、1993年に捕鯨再開を宣言した。何故日本は出来ない
のか。(政治家にとって「うまみ」が無いからか?)
思えば、「おでん種」から「コロ(鯨の皮)」や「さえずり(鯨の舌)」が
消えて久しい。一部の高級店では出すらしいが、我々庶民の口には
最早入ることはない。
外圧に負けて、自国の食文化が犠牲になっている。悲しい事である。
上記の記事について、「げんた」様から貴重な御意見を頂いた。
で、改めて自分の記事を読み返してみると、言いたい事が全く表現出来ていない。
酔った勢いで文章を書いてはいけない事を、改めて痛感させられた。
あまりの恥ずかしさに全て削除してしまおうかとも思ったが、それでは折角コメントを
下さった「げんた」様に失礼であるし、ゲームのように恥ずかしい過去をリセット
してしまうのは、自称「最後の旧人類」である小生の良しとするところではない。
そこで、自戒の意味を込めて残しておく事にして、追記を書くことにした。
また、タイトルも頓珍漢(とんちんかん)なので変更させて頂く。
30代以下の人達の多くは、鯨肉など口にしたことも見た事も無かろう。
「あっても無くてもどうでもいい物」という事になろう。
しかし、「げんた」様の年齢が判らないので何とも言えないが、我々40代にとっては
「鯨の竜田揚げ」=「懐かしき小学校給食の思い出」なのである。
その名を聞いただけで、ソレが大好物だった級友達の顔が浮かぶのである。
過去を懐かしむ気持ちを否定される筋合いは無いし、そんな権利は誰にも無かろう。
一寸反論させてもらうと、「焼け跡文化」などと一蹴されたくないのである。
ただ、捕鯨あるいは鯨肉を食す事が廃れ行く運命にある文化である事は、小生も
ハナから承知している。言うなれば、ノスタルジーを感じているだけである。
では、小生の矛先は何処に向けられているのか?
捕鯨に反対する国や人に対してではない。
最早、反捕鯨の流れは止められるものではない。残念であるが仕方無い事だ。
小生の矛先は、まず「暴力を行使したシーシェパード」そして「彼らの行為を容認し
助長している国の政府」更に「自国民が傷つけられたにもかかわらず毅然と抗議が
出来ない日本政府」、に向けられている。
「捕鯨の是非を論ずる事」と「他人を傷つける事」は全く別の次元の話である。
シーシェパードの行為は、相手に怪我人を出した時点で「抗議行動」から
「暴力行為」に成り下がったのだと考える。
彼らの行為には、「捕鯨などという野蛮な行為をする奴らには何をしても良い」
という意識が垣間見える。彼らを容認し助長する国の政府も同様である。
小生はそこに怒りを感じるのである。
日本政府についてはどうだろうか?
前回シーシェパードの攻撃を受けた時にも、乗組員が怪我をしたと報じられた。
その時に、「捕鯨反対の主張の是非はともかくとして、暴力行為だけは許さない!」
と、毅然とした抗議や主張を国際社会に対して行っていれば、今回の件は
起きなかったかも知れぬ。
怪我をさせられた乗組員や海上保安官は、調査捕鯨という「国際条約に則った行為」
に従事していた。その行為が国策に従ったものであるならば、国・政府には彼らを守る
義務と責任がある。それを全く果たせずに「被害者」を出してしまった事に対して、
小生は怒りを感じるのだ。
主張を通す為に手段を選ばない様な暴挙は決して許してはいけない、と
小生は強く思うのである。
で、改めて自分の記事を読み返してみると、言いたい事が全く表現出来ていない。
酔った勢いで文章を書いてはいけない事を、改めて痛感させられた。
あまりの恥ずかしさに全て削除してしまおうかとも思ったが、それでは折角コメントを
下さった「げんた」様に失礼であるし、ゲームのように恥ずかしい過去をリセット
してしまうのは、自称「最後の旧人類」である小生の良しとするところではない。
そこで、自戒の意味を込めて残しておく事にして、追記を書くことにした。
また、タイトルも頓珍漢(とんちんかん)なので変更させて頂く。
30代以下の人達の多くは、鯨肉など口にしたことも見た事も無かろう。
「あっても無くてもどうでもいい物」という事になろう。
しかし、「げんた」様の年齢が判らないので何とも言えないが、我々40代にとっては
「鯨の竜田揚げ」=「懐かしき小学校給食の思い出」なのである。
その名を聞いただけで、ソレが大好物だった級友達の顔が浮かぶのである。
過去を懐かしむ気持ちを否定される筋合いは無いし、そんな権利は誰にも無かろう。
一寸反論させてもらうと、「焼け跡文化」などと一蹴されたくないのである。
ただ、捕鯨あるいは鯨肉を食す事が廃れ行く運命にある文化である事は、小生も
ハナから承知している。言うなれば、ノスタルジーを感じているだけである。
では、小生の矛先は何処に向けられているのか?
捕鯨に反対する国や人に対してではない。
最早、反捕鯨の流れは止められるものではない。残念であるが仕方無い事だ。
小生の矛先は、まず「暴力を行使したシーシェパード」そして「彼らの行為を容認し
助長している国の政府」更に「自国民が傷つけられたにもかかわらず毅然と抗議が
出来ない日本政府」、に向けられている。
「捕鯨の是非を論ずる事」と「他人を傷つける事」は全く別の次元の話である。
シーシェパードの行為は、相手に怪我人を出した時点で「抗議行動」から
「暴力行為」に成り下がったのだと考える。
彼らの行為には、「捕鯨などという野蛮な行為をする奴らには何をしても良い」
という意識が垣間見える。彼らを容認し助長する国の政府も同様である。
小生はそこに怒りを感じるのである。
日本政府についてはどうだろうか?
前回シーシェパードの攻撃を受けた時にも、乗組員が怪我をしたと報じられた。
その時に、「捕鯨反対の主張の是非はともかくとして、暴力行為だけは許さない!」
と、毅然とした抗議や主張を国際社会に対して行っていれば、今回の件は
起きなかったかも知れぬ。
怪我をさせられた乗組員や海上保安官は、調査捕鯨という「国際条約に則った行為」
に従事していた。その行為が国策に従ったものであるならば、国・政府には彼らを守る
義務と責任がある。それを全く果たせずに「被害者」を出してしまった事に対して、
小生は怒りを感じるのだ。
主張を通す為に手段を選ばない様な暴挙は決して許してはいけない、と
小生は強く思うのである。
tag : 調査捕鯨



